【読書感想言わない文】植物図鑑

「植物図鑑」(有川 浩)

 

建築史という観点から仏教を見てみると、

各宗派ごとの建築の様式や建物の配置の違いに、

教義に基づく建築哲学を感じることができる。

 

密教系の寺院では様々な種類の結界が幾重にも張られている。

(自然や法具などの目に見えない力による結界の話は、

私には語る資格がないので割愛する。)

 

建築物の特徴としては

仏の空間である内陣と、人の空間である外陣との間に

蔀戸や格子戸などで区切りを明確にしており、

外陣で礼拝をするにも御本尊は見えない・見えにくい仕様だ。

まさに「密教」。御本尊を物理的に隠している。

なお、建物の配置は曼荼羅を表現している。

 

これに対して、庶民に受け入れられやすい教義を持つ宗派では、

内陣と外陣の境目に戸は無く(あっても緩め)、

開放されているときは建物の外からも御本尊を拝める仕様に

なっているところが多く存在する。

 

面白いのは、建築年代が新しくなるにつれ

全国的に結界の緩めの寺院が増える傾向にあり、

庶民にオープンな姿勢になっているように感じるられることだ。

 

 

さて、「植物図鑑」(有川浩)である。

 

有川氏の小説を読む度に同様のことを感じるのだが、

まず、圧倒的な情報収集量を確保していて、

もはやオタクと互角かそれ以上の知識を備えた上で、

読者に嫌味にならないよう

エンターテインメントに昇華させる技術がすごい。

 

またリーダビリティ(読みやすさ)を追求しており、

読者にページを捲らす力はもはや暴力に近い。

 

その上で、ベタ甘⇔切ない恋愛要素を

これまた良い塩梅でぶっこんでくるので

オジサン読者すらもキャーキャー言いながら読む羽目になる。

 

これら、作品に一貫して現れる作者の姿勢は

もはや一種の哲学と呼んでよいと思う。

 

この有川氏の哲学が、

一般人が「雑草」と呼ぶ植物に命を吹き込んだもの、

それが植物図鑑である。

 

「雑草」でこんなに食欲を刺激されたことはない。

また「雑草」でこんなにキュンキュンさせられたことはない。

「雑草」を使って人々を寝不足へいざない、不健康にするもの、

それが植物図鑑である。

 

南無阿弥陀仏を唱えれば極楽浄土へ行けるという教えは

広く庶民に受け入れられた。

 

有川小説を読むと極楽気分を味わえる。

広く庶民に受け入れられる訳である。